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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)11号 判決

原告

ユニオン・カーバイド・コーポレーシヨン

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告は、「特許庁が昭和55年8月29日に同庁昭和51年審判第12667号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

2  被告は、主文第1、2項同旨の判決を求めた。

第2原告主張の請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1971年(昭和46年)米国でした特許出願による優先権を主張して、昭和47年8月29日、特許庁に対し、名称を「重合体―ポリオール及びその製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和47年特許願第86589号)をしたが、拒絶査定を受けたので、昭和51年12月3日、この拒絶査定に対する審判を請求したところ、特許庁は、これを同庁同年審判第12667号事件として審理した上、昭和55年8月29日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし、その謄本は同年9月10日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(1)  特許請求の範囲第1番目に記載の発明(以下「本願第1発明」という。)

(a)アクリロニトリル又はメタクリロニトリル33~75重量%と(b)スチレン又はα―メチルスチレン25~67重量%(前記のニトリル及びスチレン又はα―メチルスチレンの重量%はこれらの物質の全重量を基準とする)との混合物10~30重量%を、20~150のヒドロキシル数を有する通常液体のポリオール70~90重量%(前記の混合物及びポリオールの重量%は単量体とポリオールとの全重量を基準とする)に溶解又は分散させて重合させることによつて形成された遊離基触媒接触反応による生成物を含む組成物であり、しかも水と有機ポリイソシアネートとの反応によつて減少したスコーチを有するポリウレタンフオームに変換することができる重合体/ポリオール流体組成物にして、微細な固体重合体粒子が懸濁している未反応ポリオールよりなる液相を含む懸濁液であり、実質上重合体が1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子として含まれている重合体/ポリオール流体組成物。

(2)  特許請求の範囲第2番目に記載の発明(以下「本願第2発明」という。)

ポリオールと単量体混合物を含有する反応混合物から重合体/ポリオール流体組成物を製造するにあたり、遊離基触媒の存在下に且つ重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持しながら、(a)アクリロニトリル又はメタクリロニトリル33~75重量%と(b)スチレン又はα―メチルスチレン25~67重量%(前記のニトリル及びスチレン又はα―メチルスチレンの重量%はこれらの物質の全重量%を基準とする)との単量体混合物10~30重量%を、20~150のヒドロキシル数を有する通常液体のポリオール70~90重量%(前記の単量体混合物及びポリオールの重量%は単量体とポリオールとの全重量%を基準とする)に溶解又は分散させて重合させることからなる、実質上重合体が1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子として含まれている重合体/ポリオール組成物の製造法。

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

一方、特公昭43―22108号公報(以下「引用例」という。)には、(A)アクリロニトリルと(B)スチレンとの混合物をポリオール中で、遊離基触媒の存在下に反応させることにより、その反応生成物を含む、ポリウレタンフオームに変換することのできる重合体/ポリオール易流性組成物を製造する方法が開示されている。そして、この公報の第15~16ページには、上記の(A)および(B)成分を用いて重合体/ポリオール組成物を製造する方法が具体的に実施例6として示され、中でもその第10表の実験番号nには、この出願の発明で特定されている原料の重量比に包含される例、すなわち、(A)アクリロニトリル70重量%と(B)スチレン30重量%からなる単量体混合物の21.6重量%を平均水酸基価56のポリオール78.4重量%と混合し、重量体/ポリオール組成物をうることが具体例として明示的に示されているのである。

そうしてみると、本願第2発明は、その要旨すなわち特許請求の範囲の記載に基づく限りでは、引用例に明記された発明であるというほかはなく、またこれ以外にこの本願第2発明の構成要件と引用例の記載との対比において両者が実質的に相違しているとすべき具体的な根拠も見出すことはできない。

他方、本願第1発明である重合体/ポリオール組成物の発明は、前記のとおり本願第2発明の方法の反応生成物であることを前提要件として構成されているものであり、そしてこのような重合体/ポリオール組成物を製造する方法として、本願第2発明と引用例に記載の発明とが同一であることは、前記のとおりなのであるから、結局、本願第1発明は、そこで特定される組成物がもつべき諸要件を明示したとしても、引用例に開示されている重合体/ポリオール組成物と実質的に同一であるというべきである。

以上に説示するとおりであるから、本願第1発明及び本願第2発明は、いずれも特許法第29条第1項第3号の規定によつて特許を受けることができないものである。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  本願第2発明について。

審決は、次のとおり、引用例記載の発明と本願第2発明との相違点を看過し、両者の対比判断を誤つた違法があるから、これを取り消すべきものである。

1 引用例記載の発明

引用例(甲第3号証)の第15、16ページには、審決認定のとおり、(A)アクリロニトリルと(B)スチレンとの混合物をポリオール中で遊離基触媒の存在下に反応させることにより、その反応生成物を含む、ポリウレタンフオームに変換できる重合体/ポリオール易流性組成物を製造する方法が実施例6として具体的に示され、中でもその第10表の「実施番号n」には本願第2発明で特定される原料比に包含される原料を用いる重合体/ポリオール組成物を得る方法が具体例として示されている。

しかしながら、引用例の実施例6におけるアクリロニトリル/スチレン混合物の実施番号「n」は、本願第2発明におけるような重合体/ポリオール流体組成物と同一の組成物、すなわち「重合体が1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子として含まれている」重合体/ポリオール流体組成物の製造方法ではないのである。

このような事実は、本願発明の明細書(甲第2号証の1)の例11として記載したカナダ国特許第785835号の例6、したがつて引用例の実施例6の追試実験の結果から明らかである。すなわち、得られた重合体/ポリオール組成物の篩別試験結果が表ⅩⅣに示されているが、この表から引用例の実施番号nにより得られた重合体/ポリオールは、150メツシユ(105ミクロン)の篩を通過するものが0.5重量%にすぎず、したがつて相当に大きい重合体粒子を含有するのである。

このように引用例の実施例6の方法が1ミクロンよりも大きい重合体粒子を生成する理由は、その方法の反応条件に帰因しているのである。すなわち、その大きな理由は、反応体の導入にあたつて何ら考慮されていない管状反応器の使用にあるのである。引用例の実施例6では、(A)アクリロニトリルと(B)スチレンとポリオールとの反応体混合物が管状反応器に1度に導入され、次いでいくつかの緊密混合帯域を経て反応せしめられるのであるが、このような反応器では本願第2発明におけるように「重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体ポリオール比を保持しながら」反応させることは不可能なのである。

引用例の実施例6中第10表の実施番号nには本願第2発明で特定される原料比に包含される原料を用いる重合体/ポリオール組成物を得る方法が示されているが、右方法は引用例の実施例1の手順に従うものとされている。すなわち、11個の混合室を円形ジヤマ板で区画連通させ、各室には4枚のかき取り羽根のついたインペラーを設けた管状反応器を使用し、単量体とポリオールとの反応体混合物を第1混合室へ導入するものである。このように、第1混合室へ導入されるときからすでに単量体対ポリオール比は高いから、管状反応器における混合程度では単量体の局在化は回避することができない。このため当初明細書第4、5ページや例11に記載のように重合体粒子径が大きく、またポリウレタンはスコーチを生ずるのである。

以上のように、低い単量体対ポリオール比を保持することは、引用例には記載も示唆もされていないし、事実その実施例では起りえないような条件なのである。なぜならば、引用例は発明が解決すべき問題点として、重合体がアクリロニトリル/スチレン共重合体であるところの重合体/ポリオール組成物を製造する際には顆粒状重合体が生成しうる問題を挙げていないし、また示唆もしていないからである。

さらに、引用例は、発明が解決すべき問題点として、ある種の従来技術の重合体/ポリオール組成物から製造されるポリウレタンフオームにおいてスコーチが生じることの問題点を挙げていないし、示唆もしていない。

2 本願第2発明

本願第2発明では、本願発明の明細書(甲第2号証の1)の第17、18ページに記載するように、1ミクロン以下の直径を有する重合体より本質上なる重合体を含有する重合体/ポリオール流体組成物を得るためにはプロセス中反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持することが必須の要件であることが明らかにされたのである。

すなわち、本願発明の明細書(甲第2号証の1)には次の趣旨の記載がある。

(1) 低い単量体対ポリオール比は、1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子を生成するように保持される(第17ページ第6ないし第10行)。

(2)  右は単量体から重合体へ早い転化を行う条件を使用すること、すなわち、半バツチ式反応では単量体をポリオールにゆつくりと添加し、且つ温度及び混合条件を制御することにより、また連続式反応では温度及び混合条件を制御することにより達成される(第17ページ第10ないし第20行)。また混合条件は逆混合型反応器で得られる条件である(第17ページ第18ないし第20行)。

(3)  半バツチ式反応では攪拌フラスコ又は攪拌オートクレープを使用する(第17ページ第19ないし第20行)。

(4)  連続式反応では単量体を各段階ごとに添加するようにした修正型の管状反応器、例えばマルコ反応器を使用する(第18ページ第6ないし第9行)。

(5)  半バツチ式反応の例において、ポリオールの大部分を攪拌フラスコ(反応器)に入れ、少量のポリオール及び全部の単量体の混合物を徐々に(例えば2時間にわたつて)フラスコへ加える(第41ページの例1、第43ページの例2、第46ページの例4)。

(6)  連続式反応の例において、単量体とポリオールの混合物を攪拌オートクレープに連続流入させて反応させ、しかる後に管状反応器に連続流通させて反応を続行・完結させる(第53ページの例7)。そして、右の各記載から分るように、本願第2発明におけるこの低い単量体対ポリオール比は、例えば半バツチ式及び連続式操作の場合には温度及び混合条件を制御することによつて、また半バツチ式操作の場合には単量体をポリオールにゆつくりと添加することによつて保持されるのである。具体的に使用される混合条件は、逆混合(バツクミキシング)型反応器(例えば攪拌されたフラスコ又はオートクレープ)を使用して得られるような条件であつて、反応混合物を比較的均一に保ち、単量体の局在化(この現象は全ての反応体を初期段階で添加したときに特に起りうる。)、すなわち高い単量体対ポリオール比を防止するようなものである。このような混合条件により低い単量体対ポリオール比が保持され、単量体から重合体への早い転化が行われ、その結果として1ミクロン以下の重合体粒子が形成されることになるのである。

被告は、本願発明の明細書には、本願第2発明の方法によつて得られた重合体粒子が1ミクロン以下であつたことを確認したことに関する記載がないと主張する。しかし、この点については、本願発明の明細書(甲第2号証の1、第42ページ第8ないし第11行)には「重合が進むにつれて反応混合物は白色の懸濁固体(直径1μ以下)によつて不透明となつた」と記載され、重合体粒子が1ミクロン以下であつたことが確認されている。また、甲第2号証の1、第23ページ第12ないし第20行には、従来法(引用例の方法に対応)では顆粒状重合体が生成するが、本願第2発明の方法では直径が1ミクロン以下の重合体粒子が生成することが記載されている。さらに、被告は、実施例(例11)の記載において700メッシュの篩を通過することはたかだか粒子直径が25ミクロン以下であることを推測させるに止まるものであると主張する。しかし、本願明細書における例11の記載の性格は、本願第2発明の実施例というよりはむしろ本願第2発明の方法と従来方法との比較実施例というべきものであることは、その記載から明らかである。すなわち、この例11は、引用例の重合体粒子が25ミクロンの開口を持つ篩を通過できないほどに大きな顆粒であることを証明するためのものである。したがつて、本願発明の明細書には、本願方法によつて得られた重合体粒子は1ミクロン以下であることが明確に記載されているということができる。

3 引用例記載の発明と本願第2発明との対比

以上によれば、本願第2発明で特定される原料比が引用例に記載されている原料の重量比に包含されるとしても、本願第2発明の方法は、「重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持しながら」(A)アクリロニトリルと(B)スチレンとをポリオール中で反応させることによつて、「重合体が実質上1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子として含まれている」ことを構成要件とする重合体/ポリオール流体組成物の製造方法であつて、引用例には記載も示唆されていない方法であるとともに、引用例に記載された発明から明確に識別されるものである。

してみれば、審決が、特許請求の範囲に基づく限りにおいて、本願第2発明は引用例に明記された発明であるというほかはなく、また構成要件においても両者が実質的に相違しているとすべき具体的根拠を見出すことができないと判断したことは誤りである。

(2) 本願第1発明について。

本願第1発明にかかる重合体/ポリオール組成物が、右(1)記載の本願第2発明にかかる方法の反応生成物でありうることは認める。

しかしながら、右(1)で主張したように、このような重合体/ポリオール組成物を製造する方法として、本願第2発明と引用例の発明とは実質的に相違するものであることは明らかであり、したがつてその生成物も右方法の相違から相違してくるのである。事実、本願第1発明に記載の重合体/ポリオール組成物の発明は、その組成物が持つべき諸要件、特に重合体が1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子であること、減少したスコーチを有するポリウレタンフオームに変換できることを明示することによつて、引用例に開示された重合体/ポリオール組成物から明確に識別されている。

してみれば、審決において、本願第1発明は引用例に開示された重合体/ポリオール組成物と実質的に同一であるというべきであると判断したのは誤りであり、審決は、違法として取り消されるべきものである。

第3請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  請求の原因1ないし3の各事実は、いずれもこれを認める。

2  審決を取り消すべきものとする同4の主張は争う。原告の主張は、左記のとおりいずれも理由がなく、審決には、これを取り消すべき違法の点はない。

(1)  本願第2発明について。

原告は、本願第2発明において「重合体が1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子として含まれている」ことについて主張をするが、本願発明の明細書には、本願第2発明の方法によつて得られた重合体粒子が1ミクロン以下であつたことを確認したことに関する記載はない。単に700メツシユの篩を通過することは、たかだか粒子直径が25ミクロン以下であることを推測させるに止まり、到底1ミクロン以下であることを確認するためのものとはいえない。しかも、これすら全ての実施例について行われているわけではないのである。したがつて、引用例の重合体粒子は1ミクロン以上であるのに本願第2発明の方法によつて得られたものは1ミクロン以下であると主張できる根拠は、本願発明の明細書には記載されていないのである。

原告は、本願第2発明の特許請求の範囲に「得られる重合体が実質上1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子であること」が記載されていることに言及して引用例の発明との相違を主張するけれども、そのような目的的な記載が挿入されていることが直ちに引用例の発明との相違の根拠となるものではない。

また、原告は、本願第2発明について「重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持しながら」反応させることについても主張している。ところが、そのための具体的操作要件を特許請求の範囲に規定することをせず、このような抽象的な表現のみで、引用例の方法と本願第2発明の方法との間に、その構成である操作要件において客観的に識別することができる要件があるとすることはできないのである。原告は、これは単量体の局在化、すなわち高い単量体対ポリオール比を防止するものであるとしているけれども、重合反応に当つて単量体が局部的に高濃度となるのを避けるべきことは、引用例においても既に示されている(例えば甲第3号証第1ページ右欄第26ないし第29行や第2ページ左欄第3、4行にみられる。)のであつて、このように、すでに引用例の発明においても単量体の局在化を避けることが示されている場合には、どのような操作を行うことによつて単量体の局在化を避けることができるかが具体的に特許請求の範囲における構成として明示されない限り、両者に具体的操作における相違があるとすることはできないのである。まして、本願発明の構成要件におけるように単量体対ポリオール比に単に「低い」という主観的な形容詞が付されただけで、直ちに相違があるとはいえないのである。

以上述べたところから明らかなように、本願第2発明を引用例に記載された発明と明確に識別すべき具体的根拠はないのである。

(2)  本願第1発明について。

原告も、この重合体/ポリオール組成物が本願第2発明の方法の反応生成物であることを認めているのであるから、すでに主張したように、これについても審決の判断に誤りがないことは明らかである。

第4証拠関係

本件訴訟記録中の証拠目録欄記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  原告主張の請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、審決取消事由の存否について検討する。

(1)  本願第2発明について。

1 原告は、本願第2発明で特定される原料比が引用例に記載されている原料の重量比に包含されるとしても、本願第2発明の方法は、重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持しながらアクリロニトリルとスチレンとをポリオール中で反応させることによつて重合体が実質上1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子として含まれているようにすることを構成要件とする重合体/ポリオール流体組成物の製造方法であり、この点について引用例には記載も示唆もされていないから、引用例に記載された発明とは明確に識別される旨主張する。

そして、成立に争いのない甲第2号証の2(本願発明の手続補正書)によれば、本願発明の明細書の特許請求の範囲には「重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持しながら」反応させること、そしてその反応によつて製造される重合体/ポリオール流体組成物において「実質上重合体が1μ以下の直径を有する重合体粒子として含まれている」ことが、それぞれ本願第2発明の構成要件として記載されていることが認められる。

そこで、右の「重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持しながら」反応させる点について検討すると、成立に争いのない甲第2号証の1(本願発明の明細書)によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明には、右の点に関し、「実施にあたつては、低い単量体対ポリオール比は、半バツチ式及び連続式操作の場合には温度及び混合条件を制御することによつて、また半バツチ式操作の場合には、単量体をポリオールにゆつくり添加することによつて保持される。」(同号証第17ページ第12ないし第17行)、「使用される混合条件は、逆混合型反応器(例えば攪拌フラスコ又は攪拌オートクレープ)を使用して得られる条件である。このような反応器は反応混合物を比較的均一に保ち、しかしてある種の管状反応器において(例えば、全ての単量体を初期段階で加えて「マルコ(Marco)」反応器を操作したときの該反応器の初期段階において)起るような局在化した高い単量体対ポリオール比を防止する。しかしながら、単量体を各段階ごとに添加するように修正するならば管状反応器(例えばMarco反応器)を使用できる。」(同号証第17ページ第18行ないし第18ページ第9行)との各記載があることが認められる。

そして、本願発明の明細書の右の各記載及び弁論の全趣旨によれば、本願第2発明において重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持するということは、反応混合物を比較的均一に保ち、単量体の局在化を防止すること、すなわち、単量体がポリオール中に局在化することなく均一に分布されることを意味するものとみるのが相当である。

2 他方、引用例に記載された発明について検討するに、成立に争いのない甲第3号証によれば引用例には、エチレン的に不飽和の単量体及びポリオールの混合物とフリーラジカル触媒とから成る重合しうる混合物を管状反応器で反応させて易流性で低粘度のポリマー・ポリオール組成物を連続的に製造する方法が記載され(同号証第22ページ特許請求の範囲欄)、そしてエチレン的に不飽和の単量体としてスチレン及びα―メチルスチレン(aは誤記と認められる。)(同号証第4ページ左欄第12行)、アクリロニトリル及びメタクリロニトリル(同号証第4ページ左欄第31ないし第32行)が示され、さらに、案施例としてポリオール78.4部、アクリロニトリル15.1部及びスチレン6.5部を用いたものが示されており(同号証第16ページ第10表nの欄)、また、右の方法の実施に関して、「ここに意図する方法では、反応成分すなわちポリオール、単量体、触媒および希釈剤(もし使用するとすれば)を1立方フイートの容積につき表面積が少くとも約5平方フイートのように表面:容積の比が大きい管状反応器の中に連続的に供給する。」(同号証第2ページ左欄第40ないし第45行)、「例示的な反応器は管状反応器、ボーテーター(Votator)反応器またはマーコ(Marco)反応器のような反応器である」(同号証第2ページ右欄第3ないし第5行)、「所望によつてはこの反応成分の各々をそれぞれ別個の流れとして反応器内に直接に仕込んでもよく或はこれら反応成分の流れをそれらが反応器に入る前に混合装置によつて混合することもできる。反応器に反応成分を導入するためには任意好適な方法を採用することができそして、これらの反応成分はそれぞれ1カ所の添加点から添加しても或は数カ所の添加点から添加してもよい。かくて該単量体の全部を単独の流れで添加することも或はこれを該反応器に種々の点で、別かれた流れとして添加してもよい。」(同号証第3ページ左欄第18ないし第28行)という記載があり、そして先行技術に関して「更にまたその反応混合物の稠密度は均斎な攪拌を妨げ、熱の分散または除去が不可能でないにしても困難ならしめその結果単量体の局部的高濃度に帰因して熱い点(スポツト)が出来、重合反応および50度Cまたは所望温度より更に高い温度に達する反応による発熱の調節が行われなくなる結果を生ずる。」(同号証第1ページ右欄第23ないし第29行)、「ポリアクリロニトリルの濃度が既に約12%を超えているような半回分式方法でアクリロニトリル単量体を連続添加すれば、こうして添加されたアクリロニトリルがその稠密な塊状体の内部に迅速に分布しないので急に局部的過熱を起すようになる。」(同号証第1ページ右欄末2行ないし第2ページ左欄第4行)との各記載があることが認められる。

引用例における右の各記載によると、引用例に記載の方法においても単量体の局部的高濃度が生じるのを避けることがその発明の課題となつていること、その課題を解決するために管状反応器を用いて連続的に反応を行わせること、そして単量体の供給は反応器に数か所の添加点から別れた流れとして添加する場合があることが認められる。

3 そこで、本願第2発明と引用例に記載の発明とを比較すると、まず、使用する反応原料については、引用例にも単量体としてアクリロニトリル、メタクリロニトリル、スチレン、α―メチルスチレンが示されているから、両者間に差異がない場合が存在し、また、原料反応成分における各単量体及びポリオールの使用割合についても、引用例には実施例として本願第2発明における範囲内のものが示されているから、両者間に差異のない場合が存在する。

また、重合反応の実施についても両者共に管状反応器を用いて実施する場合があり、また単量体の供給についても両者共に単量体を複数の添加点から別れた流れとして添加する場合があり、したがつて重合反応の実施操作において両者間には差異のない場合が存在する。

もつとも、引用例には、重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持しながら反応させる旨の記載はない。しかしながら、重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持しながら反応させるということが単量体がポリオール中に局在化することなく均一に分布された状態で反応させることを意味することは前示のとおりであり、また、一般に複数の反応成分を混合して反応させる場合に、反応を円滑に進行させるため均一に混合された状態にすることが望まれることは技術上の常識ということができるから、引用例に記載の発明においても、前記のとおり単量体の局部的高濃度が生じるのを避けることが課題となつている以上、当然に、単量体はポリオール中に局在化することなく均一に分布されることが意図されているとみるべきものである。

そうすると、前記のとおり引用例に記載の方法において、使用する反応原料、反応原料成分における各単量体及びポリオールの使用割合及び重合反応の実施操作の点で本願第2発明における場合と差異のない場合が存在する以上、引用例に記載の方法においても当然に重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比が保持される場合が存在するといわなければならない。

また、引用例には、生成する重合体/ポリオール流体組成物において重合体が1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子として含まれていることについては記載がないが、前記のように、引用例に記載の方法においては使用する反応原料、反応原料成分の各単量体とポリオールの使用割合及び重合反応の実施操作の点で本願第2発明と差異のない場合が存在するから、重合反応の結果として生成する重合体/ポリオール組成物においてもそこに含まれる重合体粒子の直径の点で差異のない場合が存在するとみなければならない。

さらに、原告は、本願第2発明においては、逆混合型反応器を使用して得られるような条件が使用されると主張しているが、前記甲第2号証の2によつて認められる本願発明の明細書の特許請求の範囲の記載によれば、本願第2発明において逆混合型反応器を用いることが発明の構成要件とされていないことは明らかであり、また、前記のとおり本願第2発明においては管状反応器を用いる場合も存在し、その場合においては引用例に記載の場合と区別することができなくなるから、原告の主張は、その根拠を欠くものといわなければならない。

以上によれば、本願第2発明においては、重合中の反応混合物全体にわたつて低い単量体対ポリオール比を保持しながら反応させる点及び実質上重合体が1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子として含まれている点を発明の構成要件としているけれども、右に述べたように本願第2発明と引用例に記載の発明とは区別できない場合が存在する以上、本願第2発明が引用例に記載の発明と異なるものとすることはできないのである。

なお、原告は、引用例の実施例6におけるアクリロニトリル/スチレン混合物の実施番号「n」は本願第2発明におけるような重合体/ポリオール流体組成物と同一の組成物すなわち「重合体が1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子として含まれている」重合体/ポリオール流体組成物の製造方法ではないと主張するが、引用例に記載の発明においてアクリロニトリル/スチレン混合物とポリオールとを用いて反応させる場合が実施例6に記載の場合に限られるものでないことは引用例(前記甲第3号証)の記載全体からみても明らかであるから、仮に原告主張のとおり、実施例6における場合に1ミクロン以下の直径を有する重合体粒子を含むものが得られないとしても、それをもつて、本願第2発明と引用例に記載の発明とが異なるものとすることはできない。

(2)  本願第1発明について。

本願第1発明の重合体/ポリオール組成物が本願第2発明の反応生成物であることは原告も認めるところであるから、前記のように本願第2発明が引用例に記載の発明と同一である以上、第1発明の重合体/ポリオール組成物も当然に引用例記載のものと同一となるものということができる。

以上のとおりであるから、本願第2発明を引用例記載の発明と同一とし、本願第1発明の組成物を引用例に開示された組成物と実質的に同一であるとした審決は、正当であつてこれを取り消すべき違法の点はないというべきである。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、第158条第2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(石澤健 楠賢二 岩垂正起)

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